―――『V』―――
『WIND HARMONY』
―――風の調和―――
「さて、どうするでござる?」
「とりあえず、左翼から火が出てんぜ?」
「うーむ。墜落までにそう時間はかからないでござろうなぁ」
飛行艇"ツヴァイレライ"の操縦室で大した緊張感も無く喋っている神父二人。レイドとハヤテは煙と炎を噴き上げる前方飛行船の左翼を見つめていた。確かに墜落までに時間はそうかからないであろう。そして操縦室のレーダーは強力な霊力を放つ何かを感知していた。
「ん? こりゃあ……何だ?」
「悪魔でござる。まさか第二階級まで出てくるとは」
ハヤテはレーダーのすぐ側にあったキーボードを不器用に叩いた。すると緑色の画面が切り替わり、大量の文字を吐き出し始める。
「これは、測定不可能でござる。相当強力な悪魔でござるよ」
「総合戦闘能力……まあ予想でも良い。出せるか?」
「お安い御用でござるよ」
ハヤテは笑いながら再びキーボードを叩く。何度見ても危なっかしい手つきだ。本当に操作方法を分かっているのだろうか?
「……でたでござる」
「こいつは……S++? まるでアイツと同じぐらいじゃねぇか」
レイドは古代宮殿で戦った悪魔の姿を思い出す。真紅の悪魔、タナトスの事を。そして今、旅客機の側を飛びまわっている悪魔。少し能力は劣っているが十分飛行船を落とすだけの力は持っている。このままでは本当にマズイ。
「この船の砲台でアイツを狙撃できるか?」
「そちらは専門外でござる。操縦士!」
ハヤテは一人の操縦士を呼んだ。武器系統の操縦士らしく前にはトリガーが無数に置かれていた。
「なんでしょうか」
「あの悪魔を砲撃する事は可能でござろうか?」
「勿論ですとも! 我々はツヴァイレライの操縦士ですよ?」
「そうでござったな」
自信満々に答える操縦士に微笑みかけるハヤテ。確かに彼等の操縦は素晴らしい。その昔、百もの空戦艦隊を撃沈したと言うだけはある。そしてその伝統と能力を全て受け継いだ彼等なら、あの悪魔を撃ち落す事もできよう。レイドはその次の作戦をもう考えていた。
「多分、あの悪魔は砲撃を受けて落ちるか、あの飛行船に逃げるかのどちらかの行動をとると思うぜ」
「となると……」
「もし逃げた場合の事を想定してあの飛行船とくっ付く準備をしてくれ。中で完全に滅殺してやるぜ」
レイドの瞳には底知れぬ闘志が燃えていた。ハヤテはその表情を興味深そうに眺めるとパイロットに伝達した。
「砲撃後、旅客機に取り付く準備をするでござる!」
「ってオイ。その前に砲撃準備じゃねぇの?」
「そうでござった」
忘れ物を思い出したようにハヤテは武器系統担当の操縦士の所へ行った。なにやら細かな指示をしている。レイドはその様子を横目で見た後、視線を悪魔に移した。タナトスとほぼ同等の力を持った悪魔、非常に興味深い相手だ。何かに取り付かれたように唇を吊り上げると、レイドは殺意の籠もった目で空を睨む。
「手始めに、てめぇに勝つ」
「砲撃準備完了しました!」
レイドの呟きをかき消すように背後から操縦士の威勢のいい声が聞こえた。ハヤテはやはり不器用な手つきでキーボードを打っている。何を打っているのだろうか?
「レイド殿。拙者見ての通り多忙でござる。指示を!」
「ようっし、砲撃開始だ!」
レイドの掛け声に操縦士一同が大声で答えた。操縦室は警報の赤で染まり、ジリリリリと鋭い警報音が鳴る。それがおさまった次の瞬間には操縦士達の様々な報告が飛び交っている。レイドは意味が分からないので軽く聞き流しながら悪魔を睨みつけていた。すると小刻みな震動が船体を襲った。一気に三つの砲弾が悪魔目掛けて放たれたのだ。敵襲に気付いた様子も無く飛び回る悪魔。そして砲弾がその姿を捉え、空中で綺麗な大爆発を巻き起こしたのは半瞬先の事だ。すかさず鋭い眼差しでレーダーを睨むレイド。アストラル反応は今だ健在である。
――生きている。
「しっかりと奴の姿を追えよ! 逃がしたら全員叩くぞ!」
「「「「了解!」」」」
操縦士たちは久々にやり甲斐のある仕事に燃える。レーダーと睨めっこする操縦士や風向きや強さの計測を休まず取っている操縦士もいる。そして傍らキーボードを打ちまくっているハヤテ。本当に何をしているのだろうか?
「ファザーレイド! 悪魔は現在我々の襲撃を切り抜け飛行船へと向かっています! どうしますか!」
「あそこまで近付かれたら砲撃できねぇし……なら、こっちも向こうの飛行船に取り付くぞ!」
「了解!」
レイドは前方を飛ぶ飛行船に近付く悪魔の姿を確認しながら命令を飛ばした。徐々に上昇を始めるツヴァイレライ。上から一気に向こうの船に取り付くのである。ただ、微妙な位置調整が難しい。だが、この場にいるスタッフならきっと成功させられる事であろう。レイドは自分の戦闘準備、と言うか確認を始める。体のあちこちに隠し持っているクナイは十本。更に両手のリストバンドの中には小型のナイフを携帯。極めつけには履いている革靴にも仕込みナイフを備えている。
「よし、おいハヤテ! 行くぞ」
「ああ、少し待つでござる」
ハヤテは光る画面を睨みながらゆっくりと、どこか慎重そうにキーボードを叩く。レイドはつられるかのように慎重に彼に近付き話し掛けた。
「何やってんだ?」
「先程の悪魔の情報をここのスーパーコンピューターに保存しているのでござるよ。こうしていると、教会へ帰還した時のデーターの取り出しが楽でござる」
「ほーん」
内心、レイドは全く意味をつかめていなかった。が、気付けばこれは後でも出来る事ではないのか?
「おいおい! んな事よりもさっさと突入準備始めろよ。行くぜ」
「心得て候。さて、と」
キーボードの一番大きなキーを無意味に力強く叩くとハヤテは席から立ち上がった。向かう先は船体下部にある戦闘機用のドッグ。実は上から相手の飛行船に取り付けば、そこから下へ出られる仕組みになっているのだ。後の操縦はパイロット達に任せてレイドとハヤテは下の階へと降りる。移動はエレベーターなんて機械的なものじゃ無い。思いっきり階段での移動だ。近頃はエレベーターを取り付ける飛行船も多くなってきたのだが、このツヴァイレライは設計の関係上、取り付けが出来ないのだ。こんな巨大空中戦艦だからこそ要りそうな設備だと言うのに。と、しばらく歩くと地下ドックへと辿り着いた。
「取り付くのを待つとするか」
「そうでござるな」
この二人が呑気そうに待っている時。アスラフェルの飛び込んだ飛行船では壮絶な戦闘が開始されていた。
◇
「この……っ! ちょこまかと"加速"しおってからに!」
ライザは苛立ちを隠せずわめきながらリボルバーを素早く六連射する。だがそれらはどれも一発も命中せずに木製の床を穿つだけであった。相手は亡者第二階級悪魔。それに自分達も一度対面した事のある相手、メインの動力炉を狙って飛び込んできたアスラフェル。いち早くそれに反応したライザと戦闘となるのは言うまでも無かった。
「フフ、確かルーベンスと一緒に居たヒューマンだったね」
「そうや。オドレはそのルーベンスの兄貴なんやろ?」
「その通り。弟をたぶらかす教会の連中を根絶やしにしてやろうと思ってね。今回の作戦を実行した訳だ」
「旅客機を墜落させる、最悪な手口やな。テロやで」
「何とでも言ってくれて良いよ。だが、聖職者である君達がこの飛行船に乗り合わせているのは誤算だったな。なぜだい?」
「ホンマは黒の樹海でヒト探ししてからマルクトに戻ろうおもてたんやけど、ある女の子が歩くの疲れた言い出してな。そんで黒の樹海抜けて、シェハキムからマルクトへ戻るこの飛行船に乗ったっちゅー訳や。分かったか」
そしてこの時、操縦室でマリアがくしゃみをした事はリプレスしかしらない。
「とんだ偶然だ。偶然にも程がある」
アスラフェルは苦笑を浮かべながらライザを見た。真紅の瞳は輝く銀の長髪と上手く調和している。唇からこぼれた牙は不敵な角度に引きあがり、そしてその唇自体も三日月に裂けている。リボルバーのシリンダーを即座に交換したライザは身の毛もよだつような殺気に耐えつつ、目の前の悪魔を狙った。そしてその右の瞳は漆黒から美しい緑へと変色を始めた。アスラフェルはそれを見て感心を覚えたような表情に変化した。
「ほお。グリーンアイ。魔眼を使うのかい? 君は」
「グリーンアイを知っとるんかいな」
「ああ。確か不可思議な超音波か何かで脳を刺激して、相手の視覚感覚を狂わせ、あたかも現実のような幻覚を見せるあの魔眼だろう」
「へぇ、そこまで知ってるんかい」
「一応、"遺産"の事は良く知っている方でね」
アスラフェルはその化け物じみた両手を振り上げた。爪は鋭く伸びて引っ掛かれたら剣で斬られた傷跡を残されそうである。そして細い腕からは考えられぬ異常なまでの腕力。ライザはそれらを十分体感していたので一切の警戒を解くことはなかった。
――何か仕掛けてくる!
「アスラフェル・バロールが召喚する――」
「お得意の魔獣術っちゅー奴か!」
「ジン!」
風、いや、正確には風の刃がライザに襲い掛かる。一筋だけなら良いものをこいつ等は無数の群れをなして襲い掛かってくる。だが、ライザは決して怯む事は無かった。対処法を知っているからだ。
攻撃力が高いとは言え、所詮魔獣を召喚しているに過ぎない。つまりは魔獣を撃退すれば自然と術は効力を失うと言う訳である。ならば話は早い。この疾風の斬撃、全てを撃ち落せばいいのだ。
「見切ったっ!」
魔法のように左掌に出現した短銃。そして右手に握られていた旧式回転拳銃。それぞれがそれぞれの襲撃をポイントした時、計十三発の咆哮は風の精霊達の身体を確実に撃ち抜いていた。それを見たアスラフェルは実に興味深そうにライザを見つめる。
「成程、大した能力だね。失うにはあまりにも惜しい」
「こっちは厳しい修行してるねん。ワイ等人間はオドレ等みたいな最初から絶対的な強さは持ってへん。だから、だからワイはお前等に対抗する為に修行したんや」
「どれだけ訓練をつもうと、俺には勝てないよ。人間と悪魔の能力的差は修行などで埋められるものではない」
「んなら……試してみるか!」
右の魔眼、グリーンアイが機械的な効果音を上げる。アスラフェルは呆れたようにライザを見ていた。そして、ライザはアスラフェルに飛び掛った。
「銀の銃弾喰ろうて死にさらせっ!」
跳ぶライザ。リボルバーを真っ直ぐ自分に向ける彼を見ながらアスラフェルは笑った。
――彼の行動が"視え"ていたからだ。
「そこだね」
「……!」
アスラフェルは右腕を大きく後ろへ振った。すると先程の風の精霊達が再び異世界より召喚される。無数の風の斬撃はライザの身体に襲い掛かり、重々しいダメージを与えた。
「ぐはっ……!」
「超音波に勝る痛みを俺自身に与えてやったのさ。こんな感じに」
アスラフェルの掌には爪が食い込んだ後が残っていた。じわりと滲む血がどれだけ強い刺激を脳に送り込んだかが分かる。幻覚を与えられない相手にこちらの動きは手に取るように分かっているはずだ。
――勝てへんのか?
ライザは膝を突いて旧式回転拳銃を床に落とした。アスラフェルはライザに止めは刺さずに動力炉に右腕を当てた。
「さて、メイン動力は潰させて貰うよ。残念だったね」
「クソ……っ!」
「おっと! そこまでだぜ!」
軽快な男の声ともに飛んで来たのは先が鋭く尖った十字架だった。その十字架は確かにアスラフェルの右腕に食い込むとそこからじわじわと"祝福"の浄化力を注いでいく。悪魔といえど、"祝福"儀礼を受けた武器で攻撃されれば致命傷になりかねない。アスラフェルの表情が一瞬歪むが、すぐにもとの不敵な笑顔を取り戻し、腕に刺さったままの十字架を一気に抜き取り、床に落とした。
動力室の入り口に立っているのは一人の大柄な男。僧衣から考えるに神父だろう。どの地方出身の神父かは大体肩に縫い付けられているその国の紋章によって識別する事が出来る。赤い音符、歌の国で有名なシェハキムの神父だ。
その男は一歩前にでるとアスラフェルに負けないくらいの不敵な笑みを浮かべた。
「ヘっ、やっぱ悪魔は悪魔だな。祝福された武器には弱ェ」
「誰だ。キサマは」
「俺か? 俺はレイド。レイド・ジルヴァーナ。シェハキム教会の神父だ」
「成程。先程の砲撃の主は貴様等の空中戦艦だね」
アスラフェルはようやく奇襲の主を知り、納得したように頷いた。それと同時にとてつもない怒りが真紅の瞳を更に赤く染めている。
「下等な人間如きがこの僕に奇襲をかけるとはいい度胸じゃないか。キサマは普通には殺さない。虐殺してやるよ」
「そりゃあ怖ェ。なら、俺はテメェを滅殺してやるよ」
レイドは拳を構える。基本的な格闘術の構えだが驚く程隙は無い。何よりアスラフェルが驚いたのは彼の周囲に存在する闇の精霊である。
――まさか闇の加護を受けているとでも言うのか?
するとふとアスラフェルの脳裏に以前兄、タナトスが話していた"闇の力"を使う者の事が過ぎった。こいつの事なのだろうか? こんな人間が?
「さて行くぜ。ダークブリンガーの力、思い知らせてやろうじゃねぇか」
「やはりそうか」
アスラフェルが驚愕の声をあげると同時にその身体は後方へと吹っ飛んでいた。鉄製の壁に叩きつけられると背骨が折れたような感覚に襲われる。だが悪魔の再生力がこちらにはある。こんな骨折、五秒程度で治ってしまうだろう。アスラフェルは立ち上がりながら唇に興味深そうな笑みを浮かべた。先程より強烈な殺気がその場に居たライザとレイドを襲う。
「フフフ……ククク……ハハハッ! ダークブリンガー! ダークブリンガーか! 笑いが止まらないね。実に愉快だよ」
「何だぁ?」
レイドはきょとんとした表情で、まるで精神が崩壊したかのような笑い声をあげる悪魔を見た。
何だろう? あの喜び方は? 妙に楽しそうな気配も混じっている。
するとアスラフェルは笑いながらもレイドの前にかしこまった。いつの間にやらミディアンズの力も封印しているらしい。アスラフェルは人間らしい形態に戻っている。
「レイド、様でしたね。非礼の数々お許しください。流石に人間と共に成長しただけはある。外見までヒューマンどもにそっくりだ」
「……何の話だ」
レイドは相変わらず悪魔を睨みつけたまま尋ねた。アスラフェルは立ち上がると深くため息をつく。
「全て忘れてしまったとでも? 貴方の力を、その"魔王"たる力を」
「魔王だと?」「魔王やて?」
レイドよりも過敏な反応を示したのはライザだった。
"魔王"――サタンクラスと言えば亡者第一階級。
つまりは亡者全てを統べる者に与えられる称号である。現在、その称号を持つ者は四人とされているのだが、まさかこのレイドがその四人のうちの一人だとでも言うのか?
「亡者第一階級、魔王、ねぇ……」
「ダークブリンガーは闇の魔王特有の力。父上様は既にお亡くなりになられたが、貴方が後継者になれば今、四人の魔王全てが揃っていない亡者の国の総統が可能になる事でしょう。どうか、ゴーズドへお戻りください。レイド様……いえ、魔王アルマ様」
「魔王、アルマ……ッ!」
ふとレイドを激しい頭痛が襲う。思い出してはならない大事な事、絶対に懐かしんではいけない過去の記憶。レイドは膝をついて頭を両腕で抱え込むような態勢をとった。小さいが苦しそうな呻き声をあげている。
「な、何や?」
「失われた記憶を取り戻せないでいると言うのか。これは兄さんに相談した方が良さそうだね。神父、命拾いしたね。今回はここで撤退させてもらうよ。色々と分かった事があるからね。せいぜい、ルーベンスをいち早く救ってやる事だ。彼は今死刑宣告を受けている。下手すれば、死ぬよ」
「何やて! ぐっ……!」
ライザはアスラフェルの脱出を止めようとするが遅かった。閃光がライザの視界に焼け付く爆光を残した。ぼやけた視界で必死にアスラフェルの姿を探すが、もうその時にはあの悪魔の姿は影も形も消えていた。
「チッ、逃げ足の速いやっちゃ」
ライザは舌打ちしながらリボルバーを片付けると、うずくまるレイドに手を差し伸べた。
「ほれ、大丈夫かいな。シェハキム教会の神父はん」
「あ、ああ。大丈夫だ」
レイドは差し出された手を握らず、何とか自力で立ち上がった。まだ頭痛がしているのだろうか。しきりに頭を横に振っている。ライザは動力部に異常が無い事を確認して安堵の息をついた。
「驚かせよってからに。まあ、無傷で良かった」
「てめぇは誰だ? 見たところあの悪魔と戦ってたみてぇだけど」
レイドはライザに尋ねた。すると黒の僧衣の神父は小さなサングラスを取り外しながら笑った。
「ワイは特務機関セラフィムのライザっちゅーもんや。まあ、新入りでまだまだ分からん事多いんやけどな」
「セラフィムのか……」
「そっちこそ、自己紹介したらどうなんや? シェハキムの神父はん」
「あ、ああ。すまねぇ。俺はレイド・ジルヴァーナ。シェハキムの教会神父だ」
「裏側の、やな」
ライザはどこからとも無く取り出した煙草に火をつけた。煙を吐き出しながら窓の外を見た。
「おうおう、マルクトに到着か。何にせよ皆無事でよかったで」
「流石はセラフィムの特務スタッフでござる。予想通りの行動、ご苦労でござった」
「誰や」
警戒と言う訳ではなかった。だが少し硬くなった声でライザは振り返った。動力室の入り口に立っていたのは和国"ヤマト"特有の侍衣装に身を包んだ一人の男であった。腰帯に深々と刺された鞘と刀。ライザはその珍しい姿に関心を示した。
「ほう、今度はヤマトの住人のお出ましかい」
「拙者、シェハキムの教会神父。ハヤテ・ハヤカワと申す。ご協力感謝する。特務機関セラフィムのライザ殿」
「ワイの名前を知っとったか」
ライザは再び煙を吐き出した。そして煙草を床に落とすと、それを足で踏みにじった。改めてハヤテに向き直るライザ。
「まあ、一応そっちの兄ちゃんが事件に関わってるんや。マルクトの教会まで同行願えるか?」
「勿論でござる。一度セラフィムのエリス殿とお話をしたいと思っていたところでござる」
「つーか俺別に関わってねぇだろ!」
レイドは講義した。だが冷静に考えれば関係しているような気もする。三匹の吸血鬼を指揮していたのがアスラフェル。そしてそいつに少なからずの攻撃を仕掛けたレイド。
――関係が皆無とは言えない。
「そうやないか?」
そこまで説明してライザはレイドに確認する。レイドは頷く以外の対処法を考え付く事が出来なかった。
「ああ、そうだな」
しぶしぶ頷いたレイドにライザは勝利の笑みを浮かべた。もう十分もしないうちにマルクトに到着するであろう。帰ったら何だか上司に怒られそうな気がしてならない。マリアがドジを踏んだおかげでこの事件に対処できたもののやはりドジはドジである。きっと何か待ち受けているに違いない。ライザは少し心配になりながらも再び窓の外を眺めた。
まだ雲の上は暗い。太陽の出番はまだまだのようだ。美しく光を反射する月が何だか暖かく感じられた。
そして、彼等は無事マルクトへの帰路へと入る。
◇
――六月十三日 マルクト教会本部 AM10:00――
「で、事件に巻き込まれてこっちに帰って来たと……」
「そ、そや! そんな感じや」
冷ややかな眼光で心臓を貫かれたライザの震えは止まらない。リプレスとマリアは既に黒の樹海で回収したヘクセンの回復にまわされている。つまり咎められるのはライザだけなのだ。そんな恐怖のやり取りを見ながらレイドとハヤテは冷や汗を垂らした。
「セラフィムの鋼鉄の女神って優しいって聞いた事あるぜ」
「ああ。綺麗と言うのは当てはまっているでござるが、優しいと言うのはどうも……」
「あら。そこのお二人。まだ事件の事を詳しく聞いていなかったわね。ライザ、報告してちょうだい」
「りょ、了解。何か旅客機の中でアスラフェルと戦うてたらイキナリ乱入してきたのがそっちのレイド。んでほとぼりが冷めてから来たんがそっちのハヤテ。まあ、一応事件の関係者っちゅー事で同行してもろうたんやけど」
「そう。ホント、一応ね」
エリスは椅子から立ち上がると電話をとった。誰と連絡するつもりなのだろうか。何にせよここにいる三人には関係なさそうだ。ライザは緊張感から解放されたように自分に用意された椅子に座る。目の前の机に置かれているのは報告書の山。これだけを全て処理しろと言うのだろうか。
「エリスはん、これ」
書類の山を指差しながらライザは振り向くが、エリスは電話の相手との話で全く聞いていなかった。
――ワザとや……。
深くため息をつきながらライザは報告書の山をまず三つに分けた。そして再び振り返り、今度は立ちっぱなしのレイド達に言った。
「ああ、もし良かったら町でも見てきな。教会は何もないから面白味ないで。ぱーっと外いって遊んでき」
「遊ぶっつっても……」
「拙者は一旦ツヴァイレライに戻ってシェハキムに報告をするでござる。レイド殿は町を見物してきたらどうでござる?」
「そうだな。一応今日は休暇って事だしよ」
「決まりやな。ほな行っておいで。町のヒト等はええヒトばっかやから道に迷うたら聞きな。答えてくれるわ」
「おう。んじゃ、行ってくるぜ」
レイドはセラフィム特務スタッフ室を出た。まるで自分の事を語っているような感じだったライザ。まさか凄まじい方向音痴なのだろうか。まあ、そんな事はどうでも良い。レイドは教会を出てまずはどこへ行くかを考えた。
「どこへ行くかねぇ」
レイドがため息をつくと不意に背後から強い衝撃が首にのしかかった。
――と、飛び蹴りだと!
地面に倒れたレイドを見つめるのは無邪気な少女の笑顔だった。
「レイドさん、でしたねぇ。まだまだですよ〜そんな事じゃぁ」
やたらと喋り方が和み系な少女にレイドはシェハキムの大聖母を思い出した。首に手を回しながらよろよろと立ち上がる。
「今の蹴り、お嬢ちゃんがやったのか?」
「うん」
少女は笑顔のままで頷いた。どこか心の安らぐ笑顔だ。まるで有名な画家の描いた大聖母の笑顔をそのまま移したような。先程もそうだが、随分とこの少女がシェハキムの大聖母、ミルフィーユとだぶって仕方ない。気のせいだと思うのだが。一応レイドは少女の名前を聞いてみる事にした。
「お嬢ちゃん。名前は何て言うんだ?」
「マリア。マリア・ジョイントだよ。シェハキム教会のレイド・ジルヴァーナ神父だよね! エリスさんの命令で町を案内しますよぉ〜」
「おう、ありがてぇ。すっかり昔と風景が変わっちまってどこに何があるかわかんネェんだ」
「以前、マルクトに来た事があるんですかぁ?」
マリアは歩き出しながらレイドに尋ねた。レイドは視線を落としながらマリアの顔を見る。中々可愛い。変なオジさんに連れて行かれても仕方ないくらいだ。レイドはふと彼女の質問の事を思い出しながら答える。
「あ、ああ。そうだな、俺がまだ小さい頃に来た記憶があるんだ。確か教会の世話になってたっけ」
「教会? じゃあマリエル様にお会いした事があるんですかぁ!」
「ああ、そんな記憶もあるような気がするな」
曖昧な返答にマリアは興味を抱いた。対するレイドはあまり思い出したくない記憶らしく、顔をしかめたまま視線を流れる地面に固定する。すると前を歩くマリアがふと足を止めたのに気付いた。レイドもまた足を止め、周辺を見渡す。人通りも少ない、ただの道のど真ん中である。
右手に酒場がある。昼間から酒場を紹介されても困る。
「ここはどこだよ?」
一応レイドは尋ねた。するとマリアからは予想通りの返答が帰ってくる。
「酒場だよ〜。昼間は雰囲気ないけど、夜になるとリプレスが歌うんだよねぇ」
「リプレス?」
「あ、うん。歌姫って呼ばれてるんだけど……あれ? 確かシェハキム出身だよねぇ? 歌姫、知らないの?」
「ああ。全く」
レイドはきっぱりと返事した。マリアは不思議そうな表情で少し考えた。
が、すぐに次の目的地へと案内を始める。確かリプレスはシェハキム出身の有名人のはずだが。まあ、この男はきっと世の中の流れに疎いのだろうと勝手に解釈し、再び歩き始める。
「じゃあ、行きましょうかぁ〜」
「ああ。次はどこへ連れて行ってくれんだ?」
「次はお買い物だよ。エリス様から食料品とか頼まれててねぇ〜」
「買い物って、何で俺も付き合わなきゃなんないんだよ!」
「成り行き上。「全然成り行きじゃねぇ!」
レイドはムキになって反発するが、町行く人々の冷たい視線を感じて黙った。側から見ると子供をいじめている極悪なおっさんにしか見えないからだ。マリアは勝利の笑みを浮かべながら軽快なリズムを刻みながら歩く。ここはレイドの完敗だ。
とりあえず次に向かったのはショッピングモール。ここ、マルクトは流石大国と呼ばれるだけはあって、ショッピングモールのデカさも半端ではない。全十二階層からなるこの巨大建造物。人々の生活の中心となり、そしてこの国の大事な収入源でもある建物だ。入り口や出口からは、ヒトの動きが決して絶える事無く続いている。
レイドは深い深いため息をついた。何故自分がこんな所に来なきゃなんらんのだ。思わずヒトの群れを見て瞳を輝かせるこの少女を放っておいて逃げ出そうかとも思ったが、レイドの善良なる精神がそれを許さなかった。マリアがついに飛び跳ね出した。
「じゃあいっきまっすよー!」
「ってどこに!」
「勿論食品売り場です〜! 張り切っていこー!」
「ま、迷子になるなよ」
「そっちもです〜」
マリアはそう言うと、とてとてと走って店の中に入っていた。その小柄な姿を見失わないようにとレイドも必死に後を追う。
――なんて速さだ。
あの動き、あの身こなし、とても一般的な少女の動きとはかけ離れている。あっと言う間にマリアを見失ったレイド。この人ごみの中ではそれも当然だ。それに一度見失ったからには再び見つける事は更に困難極まる。
食品売り場と言っても食品を売っている店はこの一階だけでも五店ぐらいは存在している。一体あの少女がどの店に何を買いに行ったのだろうか。
とりあえず、見つけるのは無理そうだとレイドは少女の捜索を断念する。近くの階段の側にあったベンチを見つけるとそこに向かった。運の良い事に誰も座っていない。一人だと遠慮しなくて済むから良い。堂々とそのベンチに座るとポケットから十字架を取り出した。
和国"ヤマト"より輸入された『クナイ』
シェハキムで加工された物は形こそ十字架だが、本場ヤマトで生成された物となるとこの十字架型より殺傷力が高いと聞いたことがある。どちらかと言うと亡者どもを一撃で仕留める為にはそのヤマト製のクナイが欲しい所なのだが、シェハキムでは全てが加工され十字架型となっている。これでは深々と刺さらぬ上に殺傷力が低下してしまう。
――全く、教会は何を考えてんだ。
レイドはそう思いながらもクナイを見つめた。これが最後の一本。どうやらマルクトにクナイと言う武器は売っていないらしく、いちいちシェハキムまで戻らないといけないらしい。世界一の王国と呼ばれた場所でも、存在しない物は存在しないのだ。レイドは世の中の不条理を感じながら十字架をポケットに納めた。
「ふう、あの子はどこへ行ったのかなっと」
レイドはベンチの上にごろんと寝転がった。全く遠慮も何もあったものではない。側から見れば迷惑な事この上ない。天井を見つめながらレイドは考えた。別に見失ったマリアのことを考えているわけではない。
子供の頃の記憶。アスラフェルが言っていた魔王と言う言葉。そして、自分の能力であるダークブリンガーについてを。
子供の頃と言えば孤児だった。親も居らず、ただ森や草原を歩き続ける毎日。そんなある日、優しい女性が声をかけてくれたのだ。
名はマリエル・リプシー。マルクトの大天使。
そう、その女性に拾われたのは確かまだ自分が八つ程度だった頃だ。誰にでも優しく、分け隔てなく接する彼女にレイドは憧れていた。いや、子供ながらの好意だったのかもしれない。
だが、別れと言うものは唐突である。
レイドはシェハキムの教会に送られる事になったのだ。理由が何だったのかは聞かされていない。ただマリエルが別れ際に『生きて』と言った事以外には何も聞いていない。
「あーいたいたぁ!」
無邪気な声がレイドに飛び掛った。その直後、何者かがレイドの腹にボディープレスを決め込む。だが体重が軽い為か、柔らかい感触だけが心地よく感じられる。ゆっくりと起き上がるとレイドの体から飛び退いたマリアが満面の笑顔を浮かべていた。
「もう、探したんですよぉ」
「ああ、わりぃ。見失ってな」
レイドは謝罪するとベンチから立ち上がった。次はどこへ行くんだと言う様な疑問の表情をマリアに投げかける。どうやらマリアもその表情の意味を理解したらしい。
「次は食料品が腐らないように教会に戻ります〜」
「え゛。もう戻んのかよ!」
「腐らせるとエリス様に起こられちゃうよー!」
「全然案内されてない気が」
レイドはやたらと心境が不景気な表情で走って店を出て行くマリアの背中を見ていた。ふと我を取り戻した時には彼女の姿はない。
――仕方がねぇ。
そう思いながらレイドは店を後に教会へと戻った。
◇
――六月十三日 セラフィム特務スタッフ室 PM 20:56――
ようやく書類を整理し終えたのか、ライザが机の上で紙束をダンダンと叩きつけている。そして椅子にもたれかかって大きく背伸びをした。午前十一時からずっと彼は働き詰である。身体を壊してもおかしくはないがライザはこう言う事には慣れているらしい。何でも、故郷のゼブルで父親に当たる大司教にこっぴどく忍耐を刻み込まれたのだとかで。
「はぁ。エリスはんも容赦ないなぁ」
「そんなに厳しいのか? あの女は?」
レイドがライザに尋ねた。スタッフルームにいるのは現在この二人だけ。マリアとハヤテは一足先に酒場へ向かっている。ライザも資料の整理を終えたから酒場へ向かうつもりである。
午後九時からは仲間であるリプレスのコンサート。酒場の夜はそのイベントのみで盛り上がる。今のマルクトの酒場は彼女なくしては賑わいを見せない。歌姫はそれほど人気のある女なのだ。ライザはまとめた資料をエリスの机の上に置くと一応答えた。
「そりゃ怖いで。鋼鉄の女神とか呼ばれとるケド、俺の仲間が言うには鋼鉄の鬼上司やからな」
「そいつは怖そうだ」
レイドは苦笑してソファーから立ち上がる。二人はセラフィム特務スタッフ室の明かりを消して部屋を後にした。向かうのは勿論酒場だ。
教会から一歩外に出た夜の"聖王国"は、昼間とは一味違った雰囲気を漂わせている。街灯がきらきらと輝き、地上の夜空を作り出す。宿は旅人によって賑わいを見せ、繁華街では夜店の店員がやかましくわめいている。レイドとライザはまるで祭り騒ぎのような道を抜けた。裏路地ではなにやらよからぬ事を企んでいる連中がたむろし、暗闇の中であちこちに煙草の赤い点々とした光が灯っている。ライザもまた僧衣の懐から煙草の箱を取り出し、残りの一本を指先でつまみ出した。すると今度はポケットからライターを取り出し煙草の先端に火をつける。何とも言え無い煙の風味を味わいながらソレを噴出す。
「そや、レイド。あんさんはワイ等、セラフィム特務スタッフの資料、見たとか言うとったな?」
「ああ。見たぜ?」
レイドはジュデックに見せてもらった資料のことを思い出す。ライザはそれを聞くやいな、満面の笑みを浮かべた。
「んならワイのコード何になっとった?!」
「なんだったかな、グリーンアイとかだったような気が」
「そのまんまやないかー! もうちょっと捻りが必要や、エリスはん!」
ここには居ない上司に対してライザは叫ぶ。ぶつぶつと自分で考えたコードを語っているがレイドはかなり軽く聞き流していた。するとある建物から大きな歓声が聞こえてきた。どうやらあの昼間とは見違えるくらいに明るい場所が酒場らしい。
「へぇ」
「ほな、入ろか。もう始まってるみたいやで」
ライザと同時に扉を押すレイド。すると外で聞くより更に大きな歓声が鼓膜を刺激する。なんと熱狂なファン達なのだろうか。レイドは耳を押さえながらマリア達の姿を探す。案外早く彼女等は見つかった。マリアの両腕には、昼間装着されていなかった巨大ガントレットが装備されているのだ。それをぶんぶん頭上で振り回しながら自分達に居場所を教えている。すぐに見つかる訳だ。しかし周りの人に迷惑になっている事にまるで気付いていない。どうやら彼女は天然さんらしい。
レイドとライザは円卓の空いていた椅子を埋めると落ち着いた。
「それにしても、人が多いぜ」
「そらそうや、歌姫を見に来る人は多いで」
ライザはそう言いながら店員が円卓の上に置いた透明ガラスコップの中に入っていた水を一気に飲み干す。レイドも目の前に同じコップを置かれたが、少ししか飲まず机の上に返した。レイドがコップを机の上に置いた瞬間、会場の中が無数の拍手の雑音に飲み込まれる。ステージの上ではめまぐるしくスポットライトが動く。そしてそれが舞台上の中心に定められると、そこには煌びやかな舞台衣装をまとったリプレスが立っていた。もう大分本番慣れしているらしく、その表情には緊張の色一つない。代わりに浮かべられているのは感謝で溢れた満面の笑みだ。
「じゃあ、早速一曲目、歌います」
会場内の歓声が最高潮にわきあがる。一曲目と言う事でノリの良いテンポが早い歌だ。彼女の声は力強く、唇は一言一言を重々しく紡ぎだす。それにギター、ベース、ドラム、コーラスなどが混ざり合い、絶妙なハーモニーを奏でた。このテンポの早い歌でここまで心を震動させる事ができると言うのは流石"歌姫"とでも言うべきであろうか。やはり普通の歌手とは一味違う。
それに声を聞くと不思議と力がわいてくる。
疲れが吹き飛ぶ。そんな気分だ。これが彼女の能力。"神聖歌"である。
"歌"で人々を癒す能力。日夜仕事に疲れた人々の集まる酒場でその力を発揮する。なんとも良いアイディアである。
――しばらくして、一曲目が終わる。
壮大な拍手。会場は歓声により凄まじい熱気に包まれた。レイドは少し惚けていたがマリアに声をかけられ気を取り戻す。
「レイドさん。これがリプレスちゃんの歌だよ」
「あ、ああ。何か……こう、すげぇな」
「言葉がでんやろ。ワイ等、あれで何度も助けられたねん」
「歌でか?」
ある種、信じがたい話だ。歌で人を癒す事は知っている。しかしそれでライザ達が何故助かったのだろうか? このセラフィムの連中が瀕死の重傷をたかが亡者第七階級の屍兵どもに負わされるとは思えない。となると、の癒しの力は普段使わなくて良い力なのである。では何故彼等は助けられたと言うのか。それは歌に隠されたもう一つの能力によっての物だった。
「ああ、歌でや。彼女の歌は死者をも安心させる能力をもっとる。もっとも、それは歌の能力やのうて彼女自身の人徳みたいなモンやけどな」
「リプレスが歌うと亡者達は安らかに眠っていくんだよ。私達が殲滅するのとは違って、痛みのない浄化なんだよね」
「痛みのねぇ浄化、か」
レイドはまたテーブルの上のコップを持ち上げる。すると二曲目が始まった――今度は静かな歌だ。その彼女の歌声につられて会場もしんと静まる。一体、彼女の歌にはどれ程の力があるのだろうか。
レイドは水を飲み干すと、なるべく音を立てないようにコップを置く。が、それは無駄な努力に終わってしまった。ふと静かな静寂を打ち破る荒々しくドアを開く音。入ってきたのは息を切らしたエリスだった。
どうしたのだろうか? だが彼女が息を切らしていると言う事はすなわち緊急事態を現していると言う事でもある。
「セラフィム特務スタッフはすぐに集合しなさい! 緊急指令です!」
「何や何や?」
「エリスさん、急いでましたねぇ?」
「あ、レイドとハヤテは座っといてくれ。これはワイらセラフィムだけの話やからな」
「そうはいかねぇよ」
ライザの説得を無視してレイドは席を立った。いつの間にかステージの上のリプレスも消えうせて騒ぎをかき消すかのように違う歌い手がその声を披露している。レイドはそれを一瞬で確認してから続けた。
「一応、"教会"関係者なんだ。手伝わせてくれよ」
「そうでござる。特務機関などではなく、教会の関係者としてでござるよ」
「言うとくケド、ワイ等の請け負う仕事は半端じゃなく危険やで」
「そうですよ〜! 危ないからやめておいた方が良いよー!」
「なに、危ない橋なら何度でも渡ってる。今更命がどうのこうの言ってられねぇよ」
「セラフィムの任務に参加できるなどとはこれ、生涯一生の思い出となろうぞ」
「わからずやどもが。しゃあない。付き合ってもらうで。ええな? エリスはん」
「ええ、許可するわ」
呼吸を瞬間的に整えていたエリスはライザを見て頷く。リプレスも舞台衣装のまま合流に成功した。エリスがスタッフ全員の姿を確認して任務を命じた。
「これより特務機関セラフィムのスタッフ、ライザ、マリア、リプレスはラキアに収容中のルーベンスの救助に向かって頂戴。なお、作戦には協力者としてシェハキム教会のレイド神父とハヤテ神父にも参加してもらいます」
「おう、了解」
返事したのはレイドだった。続けてライザが質問する。
「ところで何で今になって救助なんや?」
「彼、ルーベンスが今処刑されかかってるのよ。どうやらS区画に収容されちゃったみたいで」
「S区画……っちゅーたら死刑囚の集まる集落やないか」
「そう、どうやら手違いで彼がそこに収容されてしまってね。早急に救援が必要になったと言う訳よ」
エリスは珍しく申し訳なさそうに話した。ライザは続けて質問する。
「で、移動する手段はどないするんや? レイド等のツヴァイレライか?」
「ツヴァイレライだと向こうの大砲に狙撃される確率が高いし着陸地点がないのよ。となると考えられる方法は一つね」
ライザは段々嫌な予感がしてきた。空からの侵入は無理。海に囲まれているので残る手段は船のみ。そして監獄島への航路を持つ船はたった一つ。
囚人移送船。プリズナーシップのみ。
「あなた達には移送船に密航してもらいます」
「また無茶な話を……」
「できないのか?」
意外な問いを投げかけたのはレイドだった。ライザはその自信有り気な表情を見ると問い返した。
「なんや、レイドはできるんかいな?」
「ああ。俺は慣れてる」
「密航した回数は?」
「記憶の限りじゃ七十回ってトコだな」
「ほな密航手段は任せた」
ライザがエリスに向かって頷く。となると早速行動だ。すぐにでも監獄島へ向かわなければルーベンスが処刑されてしまう。だが、すぐに行動する事を止めたのはリプレスだった。
「あ、あの! ヘクセンさんはどうするんですか?」
「そや、ヘクセンはどないするんや? エリスはん?」
「それについては……」
「私なら平気。すぐにでも出撃できるわ」
エリスの背後から歩いてきたのは頭に包帯を巻いた美しい女性だった。ヘクセン。ルーベンスに異世界より召喚された使い魔だ。彼女は黒の樹海で衰弱しきっていた所を回収したのだ。この前、飛行船に乗っていたのはその回収の帰りである。実際、完全に回復するまで二ヶ月はかかると言われていたのだが、意外なまでにしっかりとした足取りだ。ヘクセンはエリスの前で膝を折って頭を垂れた。
「許可を。エリス・エドワード」
「その目は……止めても無駄ね? 仕方がないけど、同行を許可します」
「馬鹿なこと言わないで下さいよぅ! エリスさん! ヘクセンさんは今でこそ法術で持ち直してますけど主であるルーベンスさんから霊力を分けて貰わないと戦力にならないんですよー!」
とても珍しく意見したのはマリアだった。だがヘクセンは首を振った。
「気遣いは無用よマリア。私なら大丈夫」
「でも……」
心配そうにヘクセンを見つめるマリア。だがヘクセンの意思はそれほどの事で揺るぎはしない。恐らく主の危機にじっとしていられないのだろう。何か、覚悟のような炎を冷たい瞳に宿らせている。マリアがそれ以上、意義を口に出す事はなかった。いや、できなかった。
ハヤテはそのやり取りが終わるのを見計らって発言にかかった。
「ところでエリス殿。船の出港時刻などは分かっているのでござるか?」
「ええ。そこの辺りは抜かり無いわ」
流石はセラフィムを統べる女。抜け目が無い。ライザは頷くと兄貴肌で指示する。
「よし、んじゃ行くか」
一同は頷いた。囚人移送船の出向時間はもう間近に迫っていた。
『WIND HARMONY』 END